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2009年1月

2009年1月30日 (金)

更新滞っててすいません。

おはよう、こんにちは、こんばんは。
いつ見てるか分からないから挨拶全部。
あの動画は怖すぎる。

それはどうでもいいんですけども。
他のブログとか見るとたまに書いてある
「最近忙しくて更新してなくてすいません」
あれはさ、どういうことなんでしょうか?

あれか?ブログやってるんだから頻繁に
更新しないといけないのか?
更新してないことに対して謝られてもこっちも
どうしたらいいんだ?
更新してないけどまぁ許してやるわ。って思えばいいのか。

ブログを書く人と見る人の関係性がよくわからない。
書きたいから書く。見たいから見る。だと思うんだけど
書かなかったらごめんなさい。見てくれたらありがとう。
見てもらうために書くのか。いや、見てもらわないと
ネットに公開する意味はないんだけども。

何かで見たんだけど人気のある声優さんが
写真撮影の際に水着の着方を間違ってたらしい。
それが話題になってたりしたそうなんだが
その声優さんがラジオでそのことを語った時に謝ってた。
「素で間違えました。ごめんなさい」って。
いや、謝られましても。よくわかんない。
別にあなたが水着をどう着ようが関係ない。
水着を作った人とかに謝るんならわかるんだけどね。

で、僕の場合ですけどもこのブログを見てくれてる
人はほぼデイリーポータル経由なわけで。
9割超えてるわけで。その人たちが見たい、読みたいのは
デイリーポータル的なネタなんだろうなと思いつつ
しょうもない文章ばかり書いてます。結構楽しい。
更新ごとに見に来てくれてたりする人もいるんですが
その人たちには期待外れのものばかりで申し訳ないなと
思います。

更新してごめんなさい。そのうちそういうネタも書きますよっと。

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2009年1月22日 (木)

ツムラ乳頭物語

気付いたわ。うすうす勘付いていながらも見ない振りしていた、おどけてぼかしていた。
俺、乳首デカいわ。確実にデカい。言ってやった。ついに言ってやった。
結構勇気を持って告白したつもりなんだけどそうでもなかった。IMEのほうがすごかった。

「俺、乳首で会話」

その発想はなかった。ちょっとした個人の秘め事を入力してみたらそれを超える告白、爆弾発言。

僕の悩みなんてなんてちっぽけなものだったんだろう。Tシャツを一枚出来たら乳首が浮くから絶対に二枚重ね。二枚重ねてパーカー着てたのにそれでも浮いていた。とか第二次性徴の際に乳首が痒くて掻いてたらデカさ故に影響が大きく、乳首が取れそうになっただとか

乳首が浮いているのを人に見られるのが恥ずかしいため人前に出るのが怖くなり学校は不登校になり退学、毎日毎日乳首が引っ込むように押し続けるが一向に成果が見られない。どんどん溜まっていく乳首フラストレーション。

続きを読む "ツムラ乳頭物語"

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2009年1月14日 (水)

新日本教育改革

世界中が不況らしいですね。日本はまだマシだという話も聞きますが
景気がいいとは感じません。

少子高齢化で今後も内需にはあまり期待出来ません。となると外貨を
稼がないといけないわけですが日本人には外国語が苦手な人が多く
そのため外国相手の商売がうまくいかずビジネスチャンスを逃してしまっています。
ではなぜ日本人は外国語が苦手なのでしょうか。

そのことについては色々なことが言われています。

読み書きを重点的に教える教育のため会話ができない。
日本語にはない発声が必要なため中々話せない。
主語述語の並びなど言語体系が異なるため感覚的に理解できない。
島国のため日本語以外に接する機会があまりないので親しみづらい。

そのどれもが的を射ていると思います。でも、射抜けてはいない。

福引でガラガラを回して出た球が赤だった。カランカラーン。係りのお姉さんが
鐘を鳴らす。「おめでとうございまーす。3等です!」やった。いいもの当たったんだ!!
マグカップ。3等はマグカップ。一等は5万円の御食事券で3等はマグカップ。

なんかその程度な感じ。この例えの外し具合ぐらい外してる。

なぜ日本人がうまく外国語を話せないのか、それは、恥ずかしいからです。

HELLOは発音的にはカタカナで書くとヘローが近いと思います。
ですがみんなハローと発音します。みんな知ってる。本当はヘローだって知ってる。
なのにヘローって言うのは恥ずかしい。中高生という多感な時期だとなおさらだ。
だから知っててもハローっていう。話せなくても恥ずかしくはないから。

「はろー」を変換したら候補に出るのは「ハロー」一択だ。ハローはハローとして
認められている。なのに「へろー」を変換したら候補に出てくるのは「経ろ~」だ。
なんだそれ。一生使うことないわそんな言葉。

MicrosoftIMEというおそらく一番使われている変換ソフトの最新版IME2007ですら
こんな状況です。このような状況では正しい発音を身につけられません。

むしろ「ヘロー」と、いや、「経ろ~」とでも言おうものならクラス中の
女子に白い目で見られ、男子にはひどいあだ名をつけられること請け合いです。
モガンボとか呼ばれるでしょう。

いちばん浸透しているであろうヘローですらこれです。
apple、リンゴ。これを「アップルではなく」正しい発音「ンナゥルッポゥアー」と
発音しようもんなら大変です。

クラスの女子があまりのアレ具合に恐怖し泣き出し、気を失うものすら現れる。
もちろん香織も同じように恐怖に震えている。そう、あの時のことを
思い出してしまったのだ。忘れたい記憶、思い出すはずなかった記憶を。
「嫌だ、嫌だ!いやあああああああああ」香織が叫ぶ。

それを聞いた雄介は一瞬で香織に何が起こったのかを理解した。あの時の
香織のことに責任を感じている雄介は同じことは繰り返させまいと走り出し叫ぶ。
「モガンボー!!お前は許さない!!」近くにあった木の棒を握りしめ振りかぶります。

朦朧としている香織の目にも雄介のその姿が目に飛び込んできました。ダメ、それじゃダメ。思うけれども声が出ない。見ていることしかできない香織。

その時教師たちはこのことが外部に漏れないように工作に必死です。
マスコミや警察、近隣住民へも根回しを行い、万全の態勢を築こうとします。
ですが…

みたいな状況になってしまいます。ダメでしょう。どう考えてもこれは駄目でしょう。
いろんな意味で。なので日本はこのままでは衰退していってしまいます。

この状況を打破しなければ未来はありません。そのためにはやはり教育を変える
必要があると思います。
授業内容については僕は専門外の為、言及できませんし、どうしていいのか
わかりません。

ですが改善策は持っています。今のようなゆとり教育ではいつまでたっても状況は
変わりません。これからはゆとり教育を取りやめ、「はずかしめ教育」を行うべきです。

外国語が話せないのは恥ずかしさのせい、何か提案などをしようと思っても
一歩踏み込めないのは恥ずかしさのせい。そう、全ては日本人の恥ずかしがり屋さん
っぷりにより起こっていた問題なのです。

なので徹底的にはずかしめ、恥ずかしさに対する耐性をつけ、これからの日本を
背負って立つ人を育成します。

ですが単純にはずかしめといっても性的な事は禁止です。教育的、人道的な問題も
ありますし、何より恥じらいのない人間は獣同然です。それを踏まえ、授業内容は
下記のようなものになるでしょう。

ある者は毎週母親参観日。ある者は毎週物まねをし続ける。
そしてまたある者は昔書いていたオリジナルの物語を朗読される。

このような試練を超えてさらに授業では英語だけではなく色々な言語を
学びます。これから大国になっていくであろうと言われている中国、インド、
アフリカ。各国の言語、中国語。インドの公用語。スワヒリ語なども習得し、
まさに世界を股に掛ける活躍をしてくれることでしょう。

この教育を受けた世代。はずかしめ世代は多言語を操りますが
それよりも年長である僕たちはほぼ日本語しかわかりません。
なので後れを取る場面も出てきてしまうかもしれません。
年長として最低限この言葉だけは覚えていてください。

スワヒリ語の愛の言葉  「モガンボ」

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2009年1月13日 (火)

柔軟性の重要性

小学校一年生の時にドッジボールかな、やってたんだわ。
スポーツという大義名分の下で人にボールをぶつける遊びを。
ドングリを鼻に詰めてとれなくなるレベルの知能なのに。

僕は受けたり投げたりするメインストリームな役割じゃなく
コートの隅でどれだけ気づかれないでいれるかを楽しむ系統の人であり
気づかれたらすごい勢いで逃げる石の裏のダンゴ虫や港のフナ虫的な立ち位置だった。

だから目立つことはあまりない。気づいてないふりして急にぶつけられる程度。
何で参加してんだよと思われるかもしれないが、ダンゴ虫にもダンゴ虫の楽しみがある。当てた奴に「ダンゴ虫にも人生があるんだよ!」って言う。それがクライマックス。なんていうかそれメイン。言ってやりたい。

まぁ基本はそんなドッジボール生活なわけですが。
その日はよける事の出来る日だった。いつもは当たりがちなものをよけられる。
ドッジボールのボールとか出席番号6番の子の6日とか右折する車すらよけられる。
もうボールの縫い目すら見える。なぜかはわからないがたまにあるよね、よけ日。

よけ日を利用してよけによけてたら当てるほうはもう必死、何でボールをぶつける事にそれだけ情熱を燃やせるかわからないレベルで必死に投げまくってきた。

それでもよける。すると情熱のボール投手が、石投げてきた。
うわー、石って。ダメだろ、ショックだわ。ドッジボールしてたら石投げられるって。
戦国時代の戦は鎧着て日本刀持ってたけど基本的には投石で闘ってたって聞いた時並みのショック。戦並みの攻撃受けちゃってるよ俺。動揺して石の縫い目が見えなかったもん。

その石は当たらなかったんだけどそれでもどんどん投げてくる。
それもよけるよける。案外よけれるもんだな、石。

当たってはないけどもう冷や冷や、早く誰か止めろよと。助けてくれと思ってたら
周りの奴らまで投げてきた。4~5人からの一斉投石。なんでだ。

今日はよけ日だけれども、結構よけたけれども、それでも基本はダンゴ虫だぞ?
ちょっとよけるのが上手いダンゴ虫がいたからってよってたかって石投げるかと?人だけど。

もうホント、どうしようもなくて、よけるとかよけないとかの問題じゃないくらい
石投げられたから逃げた。走って逃げた。ドッジボールなんてどうでもいい。石嫌い。

するとさっきの投石軍団もドッジボール投げだして追っかけてきやがった。石持って。逃げに逃げても追っかけてくる。心なしか追っかけてくる人数増えてる。

何が怖いって追っ掛けてくる奴らみんな半笑いだった。必死に逃げる僕と半笑いで追う投石軍。

小学校の校庭で繰り広げられる牛追い祭り。なんなら僕は牛になりたかった。人の表情の機微が伝わらない牛に。同種族だからこそ伝わる感情、恐ろしさ。

半笑いの奴らから石が投げられる。全速力で走って逃げるものの、向こうは飛び道具、投げられた石は結構当たる。かなり痛い。そしてまた何人か増えている。

そんな状況に小学生の僕が耐えられるわけもなく、今でも無理だが。走りながら泣いていた。溢れる涙、流れる風、上がる息、飛び交う石。もう石は僕の体にガンガン当っていた。

完璧に劣勢。すでに敗北しているといってもいいかもしれない。
それでも止まることは出来ない。逃げながら待つ、転機を、チャンスを。

キーンコーンカーンコーン。

チャンス、ありませんでした。普通に終わりです。
みんな、すっきりした顔や動き足りないといった感じを残しながら教室に戻っていく。
僕も泣きながら戻る。一緒に行きたくないけど戻るしかない。

そしてもちろん開かれる学級会。

担任の先生による公開事情聴取が始まる。ここから僕の逆転劇が幕を開ける。

まずは僕、被害者側から訴えを伝える。
事の経緯を伝える。ありのままに、赤裸々に、涙を交えて熱く語る。
伝えるほうは涙、聞くほうも涙なしには聞くことは出来ないだろう。完璧だ。
僕の言いたいこと、痛み、悔しさ、心細さ、全てを余すことなく伝えることができた。
投石軍は間違いなく断罪されることだろう。

次に投石軍への事情聴取が始まる。

「ボールが当たらなかったから悔しくて」
「それで石を投げたらナイアガラが嬉しそうにしてたから」
「僕も、石を投げられてうれしそうにしているナイアガラを見て投げたくなっちゃって」
「みんながナイアガラを追いかけてるのを見てたらナイアガラが
 嬉しそうだったから追いかけたほうがいいのかと思って」
「みんな追いかけてたから追いかけたほうがいいのかなと思ったから」

みんな、優しいなー。優しいから石ぶつけてくれたり、大群で追い回してくれたりする。すごいなー。違う方向で優しくして欲しかったなー。最後の子とか完璧に空気読んでるもんなー強者側の。ちょっとは間違えてくれたらよかったのになー。出世しそうだわ、そいつ。

聞いてるとビックリすることが多くて話してる途中で「そんなことないだろ」とか「おい」とか言っちゃったりしたんだけど、先生が木づちで机を叩く裁判官のごとく僕の言葉を止める。静粛に。って言われる。両者の言い分をきっちり聞いた上で判断を下すのだ。まさに大人。子供の喧嘩を止め、正しい道に導く教師。頼りになる。

両者は言いたいことを言い終え、先生からの質問が始まる。

「なんでナイアガラ君はうれしそうに逃げたの?」

信じてるー!!あっちの言い分10割通ってるー!!

あっれー。

泣きながら石をぶつけられた、追い回された僕が実は嬉しかったと判定されたよー。
あれれー。泣くほど嬉しかったのかなー。

再度僕からの涙ながらの抗議。そんなことはない、嫌だったと、痛かったと。すると先生。

「どうなの、みんな?」

「うれしそうだったー」

「ほら、こう言ってるじゃない」

絶対的民主主義。圧倒的な数の暴力。
流石にこれは民主主義考え出した人もビックリだ。主義だからさ、あくまで主義だからそこまで徹底しなくてもいいんじゃないかな?って言ってた。民 主義(ミン・オモヨシ)さんが言ってた。言いたいことを言っても数につぶされる世の中じゃ。ポイズン。

「ほら、みんなこう言ってるんだから」

何度訴えても伝わらない僕の想い。地球が自転してることを僕が発見したとしても
絶対認められない。自転してることを見つけた人は見つけたことよりもみんなに認めさせた事がすごいんじゃなかろうか。とか思っている時にさらに発せられる先生からの言葉

「じゃあナイアガラ君、楽しそうに走り回ってごめんなさいってみんなに謝って」

えぇー!!謝罪!?僕が!?しかも楽しそうに走り回ってごめんなさいって…
いいんじゃないのか、別に楽しそうに走り回るのは楽しそうじゃないか。謝るところかそれは。いやだ。石投げられて追いかけまわされて謝らせられるとかどんな社会だ。

頑として謝らない僕。が、教室内の空気は重い。さっきまでそのことを知らなかった子たちも先生の発言を聞いて、早く謝りなよ。みたいな目で僕のことを見ている。ポイズン。

先生から発せられる謝るまで終わらせねぇぜ。という雰囲気。
誰かの給食費が盗まれて犯人が名乗り出るまで解放されない時のようなあの感じ。

むしろそれよりも状況は悪い。すでに犯人は確定しているのだ。なのに終わらない追求。クラスのみんなからの刺すような視線が痛い。投石軍のにやけ顔が僕の心を踏みにじる。

僕は悪くない。なぜこんな事になっているのか。打開策を考える。
このままじゃ駄目だ。考えろ、逆転の一手、勝利へつながる金言を。

「楽しそうに走り回ってごめんなさい」

負けた。歴史的完敗。

言えば楽になる、この状況から解放されるという思いには勝てなかった。
先生やクラスメイト達、それらに負けたんじゃない。僕は僕に負けたのだ。

それ以降その日の記憶はない。どうやって過ごしたんだろう、そんな失態を晒しておきながら小学校生活を送っていかなければならない、その時よりもそれ以降が問題なのかもしれない。

ドングリをたくさん鼻に詰められる奴は偉い。
僕の小学校であったローカルルールだ。定期的にある鼻詰め大会で優勝した奴は
ドングリ鼻詰めキング、ドン鼻キングとして認められる。その大会が次の日に開かれたのだ。

僕は、勝った。いつもは2個くらい差をつけられて玉置くんに負けてたのだが
その日だけは負けられなかったのだ。

小学生は素直なもので凄いと思えば素直に凄いと認める。僕は友達の輪の中に戻ることができた。そして楽しく小学校生活を送っていたのだが、親の都合で転校をすることになった。

慣れ親しんだ友人、土地を離れる。その世界しか知らない子どもにとってはとても大きな出来事だ。すごく嫌だったし、転校したくないと駄々をこねたりもした。だがそれは通らない。

クラスで転校することを告げ、親の車で学校を後にする。すると後ろのほうから声が聞こえる。クラスのみんなだ。車はもう既に走り出しているのだが、みんなは走りながら声をかけてくれる転校しても頑張れよ。俺らのことを忘れるなよ。と叫んでいる。テレビドラマなんかで見たことのある風景だ。そして送り出されるほうはみんな…と涙ぐんだり、車から身を乗り出して答えるのだろう。

その時僕は、「あ、あいつら投石軍じゃん」転校もいいかもしれないって思い、車の速度をあげてもらった。もう僕の世界はここじゃない。新天地で頑張らないといけないのだ。

転校後、僕には味方なんて一人もいない。ガツンと一発かまして心をつかまないと。
そう思いドングリをいっぱい鼻に詰めてたらドン引きされた。ドン引きキングだ。

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2009年1月 4日 (日)

ホットな2009年

2009年だ。なんだかんだで2009年。
なんだかんだ叫んだって2009年。

年明け直後に藤井隆を見た。食事をしに行ったら近くで
たまたまテレビの収録をしてた。チラッとだけ見て
目的のお店に向かったら収録現場裏の駐車場で鉢合せ。

彼女が「あけましておめでとうございます」って言ったら
ちょっと戸惑いながらも「おめでとうございます」と
満面の笑みで返してくれた。

そのノータイムリアクション、凄い。車に乗ろうとしてる時に
いきなり声掛けられても完璧な返し。

着替えの時に誰かが来たらキャーッと叫ぶ、食事中に
地震があれば外に出たり物陰に隠れたり備える。
だが、車に乗る時、その時はドアを開ける時には静電気来たら嫌だな。
ぐらいしか考えてない、考えられない。

まさに隙。人生の隙とも呼べる瞬間。

その刹那、遠く離れた場所よりかけられる大きな声。

それでも藤井隆は満面の笑み。声をかけたこっちが躊躇するぐらいの
エエ顔とエエ声で返す。これがプロのいい人だ。

「優しさの爆弾」の異名をもつ僕ですらそうはいかない。
この間小学生に「おはようございます」ってあいさつされて
「お、あぁ、うぐ」って返すので精いっぱいだった。
そりゃあ小学生の足並みも早くなる。

まさにプロ。藤井隆の実力を知った。

「♪貴方に出会えて良かったー!嬉し恥ずかしOh My Heart貴方に出会えて
嬉しい僕の体の一部がホットホット! ホットホット♪」

と歌い踊っていた彼がこのいい人キャラへの変貌。ものすごいものがある。

下ネタを嫌いながらも藤井隆が好きだという人をたくさん知っている。
それはこのネタを知らずに言っているのか、知っているがこれはまだセーフ
だからなのか。それならば僕もこのネタに乗ってみよう。

「♪貴方に出会えて良かったー!嬉し恥ずかしOh My Heart貴方に出会えて
嬉しい僕の体の一部がホットホット! ホットホット♪」

凄くバカバカしくもキャッチーなネタである。ホットホット! ホットホット!
の辺りなど子供たちが真似をしているのを何度も見たことがある。

これだ。次の企画はこれです。

「嬉し恥ずかしな状態の時は本当に体の一部がホットになるのか。」

確かに嬉し恥ずかしな時は興奮状態にあり、脈動が早く、体が火照ったり
熱く滾るものがある。それに熱くなっている実感がある。
それはそう感じているだけなのか実際に熱くなっているのか。それを実際に検証
してみよう!そしてそこからいい人路線に転向、数々の賞を受賞し、スターへの道が…

実際にやってみる
色々な嬉し恥かしを試みながら色々な体の一部の温度を計る。が、しかし目立った
変化の見られない結果に。更に色々な嬉し恥かしに挑戦。徐々に体の一部から
体の極部に移っていく温度計測。

それでも目に見える結果が得られない。

そうだ!ホットホットのHOTは熱いという意味ではなく
辛いという意味だったのではないか!!

味の変化を調査開始。

あ、駄目だわこれ。色々無理だったわ。誰が得すんだよ。

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