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2008年11月17日 (月)

真剣老若男女 哲学カフェ!

地球なんて爆発しちゃえば良いんだ、どっかーん。うわー、どっかーんだー。
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とか思うことが時々ある。仕事で疲れている時や私生活がうまくいかない時に思うことが多い。(精神疾患を患っているわけではありません。)この間も思ってた。全てがどうでもよくなるのだ。実際はそんなこと無いのだがどうでもいいと思っていろんな問題から逃げてるのだ。このままじゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ。と思っている時に「かけがえのないものはあるか?」というテーマで哲学カフェというものが開かれることを知った。これは行くしか無いでしょう。

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・哲学カフェって何だ

哲学カフェは、生きていくうえで出会うさまざまな問題について、普通に生きている人たちが気楽に話し合う場。1990年代のフランスから始まった事で僕の住んでる大阪でも定期的に行われているようだ。今回の哲学カフェはNPO団体のカフェフィロさんが主催らしい。(カフェフィロさんのHP http://www.cafephilo.jp/activities/activities_cp.html
へー、知らなかった。これなら哲学を知らない僕でも参加できそうだ、僕の「かけがえのないもの」を見つけてこよう。

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僕のキャラつくりにかけがえの無いメガネ

今回は神戸で開催ということでちょっとしたおでかけなので友人も誘い、哲学カフェはこういう感じだと主催者のHPを知らせた。すると、「しゃべり場みたいな感じだね。何かちょっと怖くない?」と返ってきた。

「真剣10代しゃべり場」NHKで放送されていた人気番組だ。10代の青少年とゲストの大人が決められたテーマについて真剣に議論する番組で、10代の若さ溢れる意見が熱い、激しい議論を巻き起こす。時には感情的になったり、個人的な問題を告白したりと予想も出来ない展開が繰り広げられる。その激しさを友人は少し怖いと感じたのだろう。

このしゃべり場が放送開始された当時僕も高校生であり、好きな番組の一つで熱心に見ていたし、テレビの前で意見を考えたりしていた。その僕が25歳になった今しゃべり場のようなものに参加する。僕は怖いよりも、うわぁ、恥ずかしい。と思ってしまった。歳をとり、社会に出ることで感情を表に出すことが少なくなり、自分の内面を人前にさらすことなんてほとんど無い。今の僕には恥ずかしい事のようだ。時間が、年齢が僕の中の若さ、熱さを奪っていたんだな。と感じてしまった。そういえば高校生のころは全てがどうでもいいなんて考えた事はなかったなぁ。クジラになりたいとは思ってたけど。やはり何か自分を変えるいい機会かもしれない、恥ずかしくなんか無いもん。友人と一緒に哲学カフェに向かった。

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哲学的に電車移動

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僕の考える哲学、頻繁にめがねを上げる


・会場の喫茶店へ

降りたことの無い駅で降り、入ったことの無い店に行き見知らぬ人と議論を交わす。これからすることを考えると店に向かうにつれて緊張が高まってくる。開始予定時間の1時も迫っている。早く向かわねば。

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普通の喫茶店。というかビールの看板とかあります。

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ちょっとした定食屋風


携帯電話の地図を頼りに店を探す。あった、でも何かイメージと違うな。ビールの看板が庶民的な雰囲気を醸し出している。哲学といった雰囲気はまったく無い。中を覗いてみたらカウンターと3つくらいのテーブルが満席だ。みんな定食を食べていて店員さんは忙しく働いている。あれ、これは凄い場違いな感じがするぞ。どうしたものか。とボーっと立っていたら「カフェの人!?」と声を掛けられた。「ハイ」と答えたら「二階に上がって」と言われたので言われるがまま上に上がる。

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二階から見た階段


すると5人掛けづつのテーブル2つに予約席と書いた札が置いてある。そこにおとなしそうな女性の方が一人で座っている。もう開始予定時間の1時だ。うわー、今回は人が集まらなかったのか?予約制でなくそのとき集まれる方で行うらしいので、今日は僕と友人とこの女の人で哲学を語らうのか!?とか思っていたら声を掛けて貰えた。


女の人「哲学カフェですか?」
僕   「はい、哲学カフェです」

この瞬間僕自身が哲学カフェとなった。さぁ来い。日本語って凄い。

女の人「なら好きなところに座ってください」
僕「失礼します。今日って人数これだけですか?」
女の人「もうすぐ来ると思いますよ。主催者側であと2人は来ますし」
僕「あれ、今日って1時から開始ですよね」
女の人「今日は1時半開始です。お早いですね、フフフ。今日はどこからいらっしゃったんですか」

僕が時間を間違えていたようだ。ホッとしたけどちょっと恥ずかしい。大阪から来たことを伝え、そのほかにも色々質問をしたりした。彼女が今日の司会、大阪大学の大学院生で岡部さんというらしい。話しやすい方なのだがやはり緊張してしまい、会話に詰まってしまったのでそこにあったメニューを見てみた。

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今日の司会の岡部さん


僕「お腹減ったね、パスタとかおいしそうだ」
友人「そうだね、ご飯食べて無いもんね。時間あるし何か食べる?」
僕「あと25分か。微妙だな。岡部さんは何か食べてきましたか?」
岡部さん「ご飯食べましたから大丈夫ですよ。」

僕たちもご飯を食べてくればよかった。これから色々話すのに空腹で頭が回るのだろうか、でも時間はあと25分、それまでに料理が出来て食べ終えていないと哲学カフェスタート時に初参加のやつが何かモグモグしていることになる。そんな状況で真剣に議論することなんて出来ない。やる気が無いと思われてしまってもしょうがない状況だ。店内も込み合っていて料理もすぐには出てこなさそうだ。1時30分までに食べきるのは厳しいかも…よし、ここは冷静にほうれん草とベーコンのパスタを注文した。

時間は刻一刻と過ぎていく。1時15分、パスタも人もまだ来ない。1時20分、30台くらいの男性の方が現れた。これで4人だ。麺はこない。1時25分初老の男性と80台という男性、30台くらいの夫婦が現れた。麺来ず。1時30分、30台くらいの男性と中年のご婦人が現れた。この二人も主催者側の人たちらしい、これで全員のようだ。時間ですし始めますかと仰ると、来ました。ほうれん草とベーコンのパスタが、来ました。


・哲学カフェスタート


最後に来た方が簡単に哲学カフェのことを説明してくれた。
・意見を言うときは挙手をして。
・人が話しているときはさえぎらない。
・哲学を意識して難しいことを言おうとせずに思ったことを。
・みんなに分かる言葉遣いで。

ということを守りながら「かけがえのないものはあるか」について自由な意見交換をしていってくださいとのことだ。だが今の僕はパスタに夢中だ。料理は出来立て熱々のときに食べたいし、早く食べないと話をすることが出来ない、今の僕にとってこのパスタがかけがえのないものだ。説明を聞きながらもう少しオイリーな方が好みかなとか思っていた。ズルズル。

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ほうれん草とベーコンのパスタ。ホッカホカ

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本当にみんなそろったときに登場。主役級

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ズルズル。もう少しオイリーな方が好きだ。


僕が食べているけど始まったようだ哲学カフェ。司会の岡部さんが話し始めた。

岡部さん「今回のテーマは『かけがえのないものはあるか』です。このことについて話したいと思います。皆さんはかけがえの無いものはあると思いますか?」

誰も話し始めない。僕は食べている。今回のメンバー顔見知りのような人たちも集まっていたがやはり話し始めは難しいみたいだ。と思っていたら80台のおじいちゃんが手を挙げた。

おじいちゃん「かけがえのないものは主観的で人それぞれなのでいくらでもある。自分も女房や娘などがそうだ。個人的な物については語れない」
岡部さん「それを掘り下げていくことは出来ないでしょうか」
おじいちゃん「しょうもない(笑)」

爆弾発言だ。司会進行をしょうもないの一言で一蹴、周りの人も少し戸惑っている。僕のパスタを食べる手を止めてしまったほどだ。


岡部さん「では主観的なものではなく客観的な面ではかけがえの無いものは無いんでしょうか」

それでも岡部さんは進行を続ける。するとみんな徐々に手を挙げて話し始めた。おじいちゃんの爆弾発言で逆に場が和んで話しやすくなったようだ。これが狙いか、おじいちゃん。会話を書き出すと膨大な量になるので本当に一部をかいつまんでお伝えします。

・かけがえのないものと言うのは代わりが効かないもの、客観的に見て代わりが効かないものというのは無いんではないか、だが主観的な代わりの無いものはたくさんある。
・代わりを作りやすい時代になっている、かけがえのないものが減ってしまっている。
・やはり家族などが一般的に連想される。家族を思う気持ちなどがかけがえのないものなんではないか。

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和やかな雰囲気


みんな真剣に話を聞いて、真剣に考え、真剣に話している。僕も食べ終わった後は真剣だ。食べるのも真剣だったけど。僕も何回か発言した、始めに手を挙げて話したときに恥ずかしながら声が震えてしまっていた。それでもみんなは静かに聴いてくれた、声が震え、考えがまとまらない状態でも出来るだけ自分の考えを伝えようと一生懸命話す。すると、僕が話した内容をみんなが真剣に考え、それに対する意見をぶつけてくる。ちょっとした意見なのだが静かな池に石を投げ入れたときのように波紋が広がり少しずつ内容が広がっていく。自分の考えを伝えることの難しさを実感したが、同時にそれを真剣に聞いてもらえる、受け入れて貰えるうれしさを初めて感じた。

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真剣に議論をする皆さん。集中してます。

そんな感じで議論は続いていく。主催者側の人たちも上からではなく一参加者として意見を交わす、上手く考えがまとまらなくても伝えようとする、みんなで聞いて、考える。こんなにひとつのことを考えることは中々無い。だって今、この喫茶店の机はかけがえの無いものかどうかをいい大人が議論しているのだ。ちょっとシュールだ。

一時間半の議論の後少しの休憩が入った。サンドイッチを食べながらまったく何も考えずに喋る。楽だー。

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食べてばっかりか。何か赤いな。

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哲学的にサンドイッチ「これは、ホテトサラダ(枝豆)…」

休憩の後、まとめに入る。かけがえのないものは主観的にはあるがかけがえのないものになるための条件は何か?どうなったらかけがえの無いものと言えるのか。ということについて話し始めた。人それぞれ、自分はこうだったらかけがえの無いものだと思う、自分はこうだと思うとさまざまな意見を交わす。だんだん収集が付かなくなって来ているのと、さっきからずっと考えすぎて煮詰まり、混乱し始めてきた。
誰かがたとえ話をしたら更に誰かが「そのたとえは例えばこういうことですよね」とたとえをたとえたり話の内容が同じところをぐるぐる回り始めたような感じだ。そんな時、一階こんな話が聞こえてきた。

おばちゃんA「タレントの木村よしのって3歳までアメリカにいたんですって。」
おばちゃんB「へーすごいわねー」

3歳までどこにいてもその人の凄さと関係ないと思うんだが。

おばちゃんA「しかも日本に帰ってきて2ヶ月で日本語をマスターしたんですって」
おばちゃんB「へーすごいわねー」

3歳の子供が2ヶ月で日本語をマスター!?それは凄い。でもおばちゃんBはよく聞いてないだろ。僕も議論の方をあまり聞いて無い、集中力が切れている。ただ話を聞いて考えて話すだけなのだがそれを真剣にするととても疲れるのだ。初めて知った。


場が煮詰まっていることもあり、みんなが一通り話すと質問、意見、感想などがあればいってください。無ければお開きにします。とのことで特に何も無く本日は終了となった。特に結論は出ていない。結論を出すことが大事ではなく、何かを考えることが大事なことらしい。もう自由に行動していいのだがこのまますぐ帰るのはもったいないように思えた。少しこの余韻に浸っていたい。自分から話すことは特に無いので皆さんの話を聞いていた。みんな、一人、また一人と帰っていく、そろそろ僕たちも帰ろうかな。皆さんにお礼を言って店を出る。
外の空気が冷たくて気持ちよかった。考えたり話したりで僕の体が少し火照っていたようだ。散歩がてら神戸の町を見てまわり、家に帰った。

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しょうもない(笑)と爆弾発言のおじいちゃん
実際は朗らかな方です。85歳!


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終わった後緊張感からの開放でふざけたくてしょうがなかった。


初めは参加するのも恥ずかしいと思ってみたり、緊張したりもしたのだがみんなの色々な考えを聞くと自分にも色々な考えが浮かんでくる。そして伝えたくなる。それが伝わると凄くうれしいし、伝わらなければ上手く伝えられない自分が悔しい。話し始めると自分の中で思っていたことが固まったり少し熱くなってしまったりもする。ダラダラと惰性で過ごしていってしまっている生活の中でこの体験は凄い刺激になった。聞く、考える、話す、何気なくしていることでも一生懸命やってみると全く違う事になる。僕の「かけがえのないもの」の答えは出なかったが、色んなことに一生懸命取り組んでこれからの生活をかけがえのないものに出来ればいいなと思うことが出来た。また時間が合えば行ってみよう哲学カフェ。でも本当に疲れるんです。このお店では2ヶ月に一回との事でしたがそのくらいのペースがいいのかもなーと思った。

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本当に疲れました、精神的に。

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